新選組

「鬼の副長」と呼ばれた土方歳三の生涯  多摩から江戸そして京へ

幕府が終焉を迎える直前、突然現れて最後まで幕府のために戦った集団『新選組』 新選組は、幕末に登場する多くの歴史人物の中でも少し特異な集団です。 当時には珍しく身分にかかわらず入隊を許された、早くから外国の軍隊体制を取り入れていた、隊士の給料が月給制だったなどなど。 なにより決められたルールを破ったら、切腹!という戦慄の...
出来事・事件解説

新選組事件簿 池田屋事件を詳しく解説! あの日何があったのか!

元治元年(1864)6月5日。 京の町は祇園祭宵山で賑わっていました。 祭りを楽しむ人々の中を、ある一団が粛々と進んでいきます。 揃いのだんだら羽織を着た隊列、それが新選組。 世間をあっと言わせる大事件を起こす直前の彼らでした。 新選組を一躍有名にした池田屋事件、多くのドラマや映画、小説でも描かれた運命の一日。 すでに...
新選組

新選組2番隊長永倉新八 隊内きっての剣客は最期まで武士の誇りを持っていた 

永倉新八は、新選組の中でも、沖田総司・斎藤一と並んで、剣の達人と言われた人です。 江戸っ子で情に篤く、その上めっぽう強い永倉新八は、新選組ファンの中でも人気が高く、多くの映像作品で有名な役者さんが演じていらっしゃいます。 とても魅力的で陽のイメージが強い(あくまで個人的な感想です)永倉ですが、明治維新以降は、賊軍として...
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平安時代

『光る君へ』紫式部のライバルと言われた清少納言ってどんな女性だったの?

清少納言は、平安時代の女流歌人で、随筆家で、そして天皇の后である中宮・定子の教育係を勤めた女性です。一説には紫式部とライバル関係にあったとも言われています。 ところが、清少納言が書いた『枕草子』について、学校で習ったのはあの「春はあけぼの…」という一部分だけ。あまり印象に残りませんでした。 でも大人になって改めて読んで...
新選組

新選組沖田総司 病に力尽きた剣の天才は何を思う

沖田総司は、剣の天才と言われながら、労咳に侵され新選組から離れ、一人亡くなった悲運の若者と言われています。 新選組ファンの中でも土方歳三と並んで人気のある隊士です。 ドラマや映画、小説やコミックなど多くの作品にも描かれている沖田総司ですが、実際の彼はどんな人物だったのでしょうか。 今回は、沖田総司についていつも通り妄想...
出来事・事件解説

伝説の悲恋 小野小町と深草の少将 「百夜通い」が切ない!

あなたは、百夜通い(ももよがよい)の伝説をごぞんじですか? 学校の授業で習うようなことではないため、なんとなく知っている程度のお話でしたが、ゆかりの地が結構近くにあることを知り、改めて調べてみました。 その結果… 小野小町の哀しさ、愛しさを感じています。 小野小町と深草少将、百夜通いの伝説とは? 平安時代の恋愛は、今の...
新選組

新選組を探る! なぜ新選組は人を惹きつけるのか? 新選組の魅力は?

新選組は、江戸時代の終わり、幕末と言われた時代に京の都を舞台に活躍した浪士の集団です。 新選組が京の町に屯所を持っていたのは、1863年3月から1867年末までの5年足らずです。 新選組局長近藤勇が処刑され、一番隊長沖田総司が病死し、副長土方歳三が戦死する時までを入れても歴史に登場していたのはほんの6年ほどです。 その...
新選組

新選組で一番強い男と言われた吉村寛一郎とは?真実の姿を探る

新選組隊士として隊務に励みながら、妻子に仕送りを続け、悲惨な最期を遂げた吉村寛一郎。 これは『壬生義士伝』の主人公・吉村寛一郎の姿です。 あまりにも素晴らしい小説だったため、吉村という人はこの小説に出てくるような人だと思い込んでいました。 ところが実際に調べてみると、あまりの違いにちょっとびっくり! ということで今日は...
新選組

新選組副長 土方歳三の戦い 鳥羽伏見から函館五稜郭へ

慶応4年(1868年)1月3日。 旧幕府軍と討幕軍の戦が起こる。 重傷を負った近藤と労咳にむしばまれた沖田は、ともに大坂へ行った。 新選組副長土方歳三の戦いは、これからだ。 土方歳三の生涯、今回は史実を踏まえた私の妄想?になっております。 どうぞお読みください。 絶対の勝者から賊軍へ 新選組は、伏見奉行所に布陣していた...
新選組

新選組最後の局長 相馬主計とはどんな人物?彼はなぜ切腹をしたのか?

徳川の時代が終わり、明治の新しい風が吹き始めた頃、元新選組隊士が人知れず切腹して果てました。 彼の名は、相馬主計(そうまかずえ)、新選組最後の局長です。 土方歳三に代わって新選組を任された相馬主計とは、どんな人物だったのでしょうか。そして、彼はなぜ切腹したのか。 今回は、相馬主計の生涯を追ってみたいと思います。 相馬主...